ソーシャルメディアを積極的に活用している“あの”企業の担当者に会いに行くこの連載
第8回目は、昨年オランダ本社が創業120周年を迎えた 株式会社フィリップス エレクトロニクス ジャパンさんにお邪魔してきました
世界100カ国以上で展開するグローバル企業ならではの、ソーシャルメディア活用における苦悩とその解決策について、詳しくお話を伺いました
今回お話を伺ったのは…株式会社フィリップス エレクトロニクス ジャパン
カントリーインターネットマネージャー
高橋 淑恵さん
米国企業日本法人を経て2006年株式会社フィリップス エレクトロニクス ジャパン入社
電気シェーバーやヘッドフォンのマーケティングマネージャーに就いたのち、2010年より現職One Voice Japan
森迫 尚哉さん
出版社から広告代理店勤務を経て、2010年に独立
デジタル領域をメインとしたプロモーションプランニング・プロダクションを設立する
現在は、フィリップスのグローバルPR エージェンシーチーム「One Voice Japan」の一員としてFacebook施策におけるコミュニティマネージャーを務める
各国に乱立するツイッターアカウントを60%に削減
Q. フィリップスで運用しているソーシャルメディアについて教えてください
高橋:Facebookが「フィリップス ソニッケアー(電動歯ブラシ)」と「フィリップス メンズグルーミング(シェーバー)」の2つ、Twitterが「Philips Japan公式」と「yamaburashi」という電動歯ブラシのキャンペーンアカウントの2つあります
ほかにもテレビCMや店頭訴求用のビデオを配信している、YouTubeのPhilips公式アカウントを持っていますQ. どうしてこのようなアカウントに分けられたのですか?
高橋:もともとは世界中に各国の担当者が立ち上げたさまざまなアカウントが存在していたのですが、コミュニケーションが統一されていなかったり、各国でコンテンツが重複していたり、運用が止まっていて放置されているアカウントが多数あったりと、いろいろな問題点が蓄積していました
整理したアカウント数
そこで約40名で構成された専門チームが一斉に統廃合を実施し、点在していたアカウントの約60%を削減したんです
サービス名 アカウント数 133→56 YouTube 62→20 89→36 2011年2月にアカウント統廃合が終わり、日本でも昨年秋から製品ごとにFacebookページをスタートさせました
Twitterはブランド公式アカウントのほかに、2010年のキャンペーンで使用していた「yamaburashi(電動歯ブラシ)」のTwitterアカウントがあります
歯ブラシをイメージしたハリネズミのキャラクターが、投稿してもらったオーラルケアに関する質問に回答していくというQ&Aのキャンペーンなのですが、そのコンテンツを永続的に活用していこうということで、Facebookに取り入れたりしながら、今でも運用を続けていますPRエージェンシーと連携しながらソーシャルメディアを運用
Q. 高橋さんはこれまでどのようなお仕事をされてきましたか?
高橋:フィリップスには2006年に入社して、コンシューマー製品のマーケティングマネージャーをし、そこでWebを使ったマーケティング活動を多く実施しました
2010年からカントリーインターネットマネージャーに着任することになり、現職では、企業ホームページを含め、フィリップス日本国内で行うすべての外向けのオンラインコミュニケーションを担当しています
着任したときから、全社的にソーシャルメディア活用に力を入れていこうという戦略は決まっていましたカントリーインターネットマネージャーは、ソーシャルメディアの活用を監督することも業務の一つです
私のほかに各製品にマーケティング担当者がいるので、そのマーケティング担当者や、森迫さんの所属する「One Voice」と協業しながらやっていますQ. 森迫さんの所属されている「One Voice」について教えていただけますか?
高橋:フィリップスでは2009年より、「One Voice」というPRエージェンシーチームと活動を行っています
森迫さんには、その中で日本でのソーシャルメディアの運用をお任せする“コミュニティマネージャー”として活躍してもらっています
「One Voice Japan」の中でソーシャルメディアに関わっているのは、全部で10名前後になりますQ. 「One Voice」に運営を任せる上で困ったことはありませんでしたか?
高橋:もちろん最初からプラン通りにうまくいったわけではありません
ソーシャルメディアのポスティングは、すごくセンスが問われるものだと思います
例えば、事前にコンテンツをたくさん準備して、シェーバーの機能に関することを私たちが一生懸命に語っても、あまり興味をもってもらえませんでした
むしろシェーバーがあらぬところにある写真の方が、みんなおもしろがって「いいね!」を押してくれる
これはやってみて初めてわかったことですこんな風に運用していく中で「こっちの方がいいんだね」と“得ていく”センスは、すごく大切だと思っています
今、安心して「One Voice」に任せられているのは、そこのセンスがあるから
私たちのブランドの背景をよく理解した上で、いろんなものに対する“バランス感覚”を持ってくれているので、非常に助かっていますグローバルでソーシャルメディアに注力
Q. ソーシャルメディア活用が始まった経緯や活用目的は?
高橋:フィリップスは60代~70代の方にはメジャーなブランドなのですが、もっと若い人にもリーチしたいという思いがありました
世の中の移り変わりに合わせて、オンラインに注力していこうという戦略があり、その中でもソーシャルメディアを活用していこうという動きが活発になってきたのが、2009年の終わり頃から今は世の中がそうだからというだけでなく、私たちがこれまで広告や営業活動では成し得なかったことができるとわかったので、日本に限らずフィリップス全体でソーシャルメディアに注力していかなければならないという戦略が掲げられています
Q. 各ソーシャルメディアの使い分けや誘導方法は?
高橋:Twitterはあくまでも拡散するためのツールとして活用しているので、どこかからTwitterへ誘導するということはしていません
一方、Facebookに関しては、Facebook内の広告やコーポレートサイト、製品ページやブランドサイトから積極的に誘導しています
Twitterでの定期的なポスティングもしていますね
最近では製品カタログにもFacebookの案内を載せ始めましたQ. コミュニケーションについてルールや気をつけている点はありますか?
高橋:まずフィリップスという立場として気をつけているのは、“炎上しないように、炎上しないことに気をつける”のではなく、どちらかというと“何でも受け入れる姿勢をとっていく”ということです
どんなものでも万人に好かれるということはないので、ネガティブな声も含め、すべてを受け入れて対応する姿勢を大切にしないといけないと思っています本社で用意されたガイドラインにも“ソーシャルメディアはリスニングツールとしても使えるものである”と書かれているので、そこは常に心がけるようにしています
数十冊におよぶブランドガイドライン
Q. そのガイドラインについて詳しく教えてください
高橋:フィリップスには、オランダ本社で世界各国の状況を加味しながら作成された、独自のソーシャルメディアに関するガイドラインがあります
約70ページのうち、ソーシャルメディアを理解するイントロダクションの部分に最もボリュームが割かれ、その次に事前にセットアップしなくてはいけないもの、最後に運営についてまとめられていますこのほかにも、フィリップスはブランドガイドラインがしっかりしているので、使われる写真の善し悪しを視覚的に分かるようにしたものや、ロゴの使い方、パッケージやカタログ、展示会のブースやイベントのバックボードについてなど、ブランドガイドラインだけで数十冊ものガイドラインが用意されています
Q. そんなに多くのガイドラインがあると運用が大変なのでは?
森迫:ページ数が多いので、最初のインプットの部分はもちろん大変でしたが、その代わり運営サイドに権限がもらえるので、むしろ今はやりやすい環境を作ってもらえています
基本的にはガイドラインを守りながらポストしていますが、イレギュラーなことが発生した場合は、メールなどで連携をとって対応しているので、特に問題はありません
ユーザーからのコメントには必ず返信をして、対話を大事にしながら運用しています高橋:ガイドラインを作るひとつの目的は権限委譲のためなんです
何もかも知っている人間がすべてをチェックするのは、現実的に不可能
事前打ち合わせをきちんとしておいて、ガイドラインに沿ってやってもらえれば、権限委譲ができるようになりますあくまでもガイドラインなので、絶対にこうしなさいというわけではありません
コミュニティマネージャーを採用する際に気をつけるべきポイントも書かれているので、それをクリアしてお願いしている森迫さんには、信頼してすべてをお任せしています「見ていますよ」という声をいただくことが多くなりました
Q. 日々の運用にあたって関係者間でどのように情報共有をしていますか?
高橋:定期的なミーティングとポスティングに関する編集会議をしています
Facebookのオープン直前~オープン後しばらくの間は、One Voiceと毎日のようにミーティングをしていましたが、徐々に回数を減らして最近は月に1回程度に落ち着いてきました
それとは別に、40~50カ国のコミュニティマネージャーが参加して、互いに成功例や失敗例をシェアする、グローバルの編集会議もありますQ.ソーシャルメディア運用を始めてみて、変わったことはありますか?
高橋:まず大きいのは、いろんなところから「見ていますよ」という声をいただくことが非常に多くなりました
ライティングやヘルスケアといったBtoBのお客さまからも「何かおもしろいことをやっているみたいだね」と言ってもらえるようになり、うれしく思っています
また、私たちはコンシューマーと直接対話することはできません
これまでは販売代理店やお店の人から間接的にしか声を聞けなかったのですが、シェーバーや電動歯ブラシを買ってくれた方から直接声をかけてもらえるのはとても新鮮ですそれから、Facebookを通じて日本国内で約1700人いる社員全員に私たちの活動を知らせる効果もありました
社員1700人の風通しを良くしたいという日本の社長の意向もあり、それに一役買っていると思います
Facebook上ではどうしてもみんな少しずつ躊躇してしまうんですよね
社員が宣伝するようで、自社のFacebookのポストにはあまり積極的にコメントをしたりシェアしたりはしにくいみたいです
その分、社内で声をかけてもらえるので、見てもらえていることがわかって有り難いですあと私の個人的な感覚かもしれませんが、シェーバーのキャンペーンで起用している成宮寛貴さんが、こんなに男女問わずモテる方だったんだということは、Twitterを通じて初めて実感することができました
ユーザーの声をリスニングするために、ブランド名・製品名はもちろん、キャンペーンで起用している成宮寛貴さんと筧利夫さんのお二人の名前もワード検索で拾っています「成宮君かっこいい!」だと私たちには直接関係ありませんが、「電車のモニターに出ている成宮君かっこいい!」だとフィリップスシェーバーの広告なので、キャンペーンの効果測定にも使えるんです
ソーシャルメディアを使えばそういうリアルな反応がわかるので、とってもおもしろいですね短期的な見方ではなく、長期的にエンゲージメントを高めていくこと
Q. ソーシャルメディアを使ったキャンペーンは実施していますか?
高橋:シェーバーの「アクアタッチ」というシリーズでモニターキャンペーンをしました
10名の当選者の方にアクアタッチを試してもらい、その使用感をFacebookページに投稿してもらうキャンペーンです
お客さまのリアルな声を拡散することができるので、モニターキャンペーンはFacebookだからこそ効果があるものだと思います
人によって、すごく丁寧な投稿だったり、シンプルな内容だったりするところが、リアルで良かったですね今後、同様のキャンペーンを電動歯ブラシでもやりたいと思っています
こういったキャンペーンの予算は、オンラインのマーケティング費用の内訳のひとつとして、年間で確保していますQ. 効果測定はどのように行っていますか?
高橋:Facebookページに対する「いいね!」の厳密な数は重視していませんが、インサイトを使って、ポストに対するいいね!・シェア・コメントなどユーザーのアクションの割合には注目しています
Facebookと製品ページとのつながりを見たいときは、グローバルで導入しているアクセス解析ツールで見るようにしていますQ. お二人のオススメの情報源について教えてください
森迫:ソーシャルメディアマーケティングにはあまり関係ないかもしれませんが、昨年の暮れに出版された糸井重里さん監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)はおもしろかったです
60年代のアメリカのバンドが、フリーミアムやシェアを体現していて、当時から今の時流は真理としてあったのだなと思いました高橋:たくさんの本を読みましたが、一番インパクトが強かったのは『ソーシャルメディア炎上事件簿』(日経BP社)です
事例がたくさん載っているだけなのですが、ソーシャルメディアを運営しようと思った段階で読み始めたので、「これは気をつけなきゃ」とか「うちでも起こるかもしれない」という目線で読めたので、心の準備ができました
人によっては読んだら怖くなって、やりたくなくなる人もおそらくいるでしょうけど、むしろそういう事例をたくさん知って、備えておいた方がいいと思いますQ. 目標としているゴールはありますか?
高橋:あまり短期的な目線では見ておらず、長期的にエンゲージメントを高めていくことが今の目標です
Facebookはまだ日本国内全体で利用人数が多いわけではないので、現在使っているのはオンラインのリテラシーが高いデジタルインフルエンサーの方々だと思います
その人たちにロイヤリティの高いファンになってもらうことで、まだFacebookを使っていない人たちにも私たちのブランドや製品を広めてもらえる状態にすることが、最終的に目指すところですインタビューを終えて
ユーザーの生の声が拡散されるソーシャルメディアでは、企業のひとつひとつの行動がブランドイメージに大きな影響を与えます
つまり、企業にとってソーシャルメディアは、ブランド価値を左右する重要な鍵
多くのユーザーと接点を多く持ち、長期的な関係を築こうとすればするほど、チャンスもリスクも増えることになるでしょうその課題をグローバルレベルで解決するためにフィリップスがとった戦略は、本社主導による「アカウントの統廃合」と「ガイドラインを活用したコミュニケーションの統一化」でした
無料で誰でも簡単に始められるからといって、効果的な運用を継続させることは容易なことではありません
ソーシャルメディア活用に必要なものは、担当者の覚悟や忍耐力などではなく、顧客に対する全社的な意思統一なのではないでしょうか
フィリップスのソーシャルメディア担当者に聞く、グローバル企業ゆえの苦悩とソーシャルブランディング成功への道程 (1/5):MarkeZine(マーケジン)