2006年以降、自販機の台数が減少傾向にある(出典:矢野経済研究所)自販機業界が苦しんでいる
矢野経済研究所によると、自販機市場の規模は2006年以降右肩下がり
低迷を続ける要因として「市場構成比の4割を占める飲料自販機の設置ロケーションが飽和状態にあることに加え、たばこ自販機や酒類自販機も年々台数を減らしていることが挙げられる」(矢野経済研究所)という業界に厳しい風が吹きつける中、売り上げを伸ばしている会社がある
そのひとつがJR東日本子会社の「JR東日本ウォータービジネス」だ
ゼロから起業した会社ではなく、利益が出ていたJR東日本グループの事業を引き継いで、2006年に設立した
以後、売り上げは約1.5倍に拡大している業界が苦しんでいる中、なぜ売り上げを伸ばすことができたのか
そのナゾを解き明かすべく営業本部長の笹川俊成氏に迫った
聞き手は、Business Media 誠編集部の土肥義則自販機のロケーションを見直す
土肥:エキナカ自販機での売り上げが好調ですね
会社が創業したのは2006年
その後、自販機の台数はほぼ横ばいなのに、5年間で売り上げは1.5倍(187億円→260億円)
自販機1台当たりの売り上げが1.5倍になった計算になりますが、その要因はどこにあるのでしょうか?笹川:自販機の価値をどのようにすれば高められるのか、ということに力を入れてきました
と、同時に私たちは消費者調査を頻繁に行ってきました例えば「なぜあなたは自販機を利用しているのですか?」といった質問をすると、2つの答えが突出して多かった
1つは「スピーディーに買えるから」、もう1つは「買いたい時に近くにあるから」
この結果というのは、コンビニやスーパーにはない、「自販機が持つ強み」だと思っています会社としてはその強みを生かして、売り上げを伸ばしていかなければいけません
「スピーディーに買えるから」という理由については、自販機をSuica対応にすることでより早く買えるようにしました
また「買いたい時に近くにあるから」については、ロケーションを見直しました土肥:ロケーションを見直した?つまりエキナカにある自販機の設置場所を変えたということですか?
笹川:はい
従来、駅のホームに設置されている自販機は、空いているスペースにまとめて置いたり、隅っこのほうに置いたりしていました
もちろん電車を利用されるお客さまにとって、邪魔になる場所には置けません
ただ自販機は「買いたいときに、近くに」なければいけません
そこで全社員が駅に出向き、駅のホームやコンコースで人がどのように流れているのか、といったことを徹底的に調査しました土肥:その結果、どのようにロケーションを変えたのでしょうか?
笹川:下の図を見ていただけますでしょうか?このホームには4台の自販機が設置されていました
しかしホームを工事することになり、(4)の自販機が撤去された
(4)が撤去されたので、近くにある(3)の自販機の売り上げが2倍になるのかなと思っていたら、ほとんど変わりませんでしたそして工事が終わり、(4)に再び自販機を設置しました
すると(4)の売り上げは工事が始まる前に戻り、(3)の売り上げについては横ばいのまま
それまで私たちは(3)と(4)の自販機は近くにあるので「商圏は同じ」だと思っていました
しかしその考えは間違いでした
つまり(3)と(4)の商圏は、全くの別モノ
自販機の商圏はものすごく狭く、お客さんは飲料を買うために、遠くにある自販機まで歩いて行かないことが分かりました土肥:ほうほう
笹川:次に売店が閉鎖されるということで、(5)の場所に新設しました
しかし近くにある(3)の売り上げが大幅に下がり、「(3)+(5)=以前の(3)」という結果に終わりました土肥:ということは(3)と(5)の商圏は、同じだったというわけですか?
笹川:その通りです
階段や売店といった障害物などがあれば、そこで商圏が別れてしまう
なので商圏ごとに自販機を分散して置くように提案し、設置してきました
その結果、売上増につながりました私たちはこのような仮説を立てています
「『飲料を買いたいなあ』と思ったとき、自販機が遠くにある
しかし消費者は導線を変えてまでも、買いに行かない」と
スーパーやコンビニといった店舗では違うかもしれませんが、自販機で買うためにわざわざ遠くには行かない、と推測していますこのほか自販機の向きを変えただけで、売り上げが伸びたケースもありました
例えば、線路と平行して設置してある自販機、見たことありますよね土肥:よく見かけます
自販機2台が背を向けて並んでいることも笹川:もちろんホームの広さや人の流れもあるので、そのように置かなければいけない所もあります
しかしそれを直角に置く
例えば、階段を登ってホームに着けば、自販機が目に入るようにする
そうしただけで、売り上げが1.3倍になったケースもありました最も驚いたことは「ここまで分かるのかっ!」
土肥:Suicaの決済率をみると、2007年には25%ほどだったのに、2011年の末には50%近くに拡大しています
また2009年12月から、新型の電子マネーリーダ/ライター(Suica決済端末「VT-10」)を導入されました
Suicaポイントクラブ会員の方で、Suicaを使って購入すれば、年代、性別、郵便番号などが分かるので、それをマーケティングに活用されているそうですね笹川:新型のリーダ/ライターが導入されるまでは、自販機に飲料を詰めるオペレーターが、「前回詰めてから今回詰めるまでの間に、この商品が何本売れた」といった形でデータを収集していました
もちろんPOSデータではなかったので、時間単位での売り上げは分かりません
週や月単位で「売り上げが伸びた」「売り上げが落ちた」といったトレンドしか分析できませんでした土肥:「夏は炭酸が売れる」「冬はホットコーヒーが売れる」といったデータしかなかったわけですか?
笹川:売れ筋や季節トレンドといったレベルですね
以前は時間帯の売り上げが分からなかったので「どういった人が買っているのか?」という仮説を立てることができませんでした
また大きなトレンドが変わったときにも、その理由が分からなかったことがありました
例えば毎年夏になれば炭酸が売れているのに、なぜか今年はかんばしくない
そうしたときに、原因追及ができませんでしたなのでSuicaの読み取り機を作ったときに、POSデータを取得できる機能を付けました
今では新型リーダ/ライターを導入したことで、大きくわけて3つのデータを分析することができるようになりました
1つめは、どのような飲料が売れたのかが「時間帯」で分かるようになりました
2つめは、Suicaには1枚ごとに「IDi」(発券者採番番号)があるので、それを使って「購買履歴」分析が行えるようになりました
3つめは、Suicaポイントクラブの会員であれば、性別、年代、郵便番号といった情報を関連付けて「消費者属性」を分析すことができるようになりました土肥:どういった人が、どういった商品を、どのような時間帯に――ということが見えてきたわけですね
笹川:はい
ただ誤解していただきたくないのは、すべての人のデータを把握しているわけではありません
例えば消費者属性はSuicaポイントクラブの会員のみに限定していますし、あくまで属性ですので個人を特定することはできません
しかし、仮説検証をするには十分なデータの質と量はあると思います土肥:新型リーダ/ライターを導入されて、たくさんのデータを取得することができました
そして、そのデータをどのように使おうと思われたのですか?笹川:「時間帯」分析については、コンビニなどですでに行われています
弊社にも経験者がいたので、その手法を活用しました
ただ「購買履歴」と「消費者属性」の分析については経験値が全くなかったので、どういう形で分析すればいいのか分かりませんでした
そこで各部の担当者を集めて、プロジェクトチームを立ち上げましたリピート率から何が分かって、どういう営業施策が考えられるのか――
このような議論を繰り返してきました土肥:実際にデータを見られて、最も驚かれたことは何でしょうか?
笹川:さきほども申し上げましたが、以前はデータが少なかったので仮説を立てることができませんでした
例えば「Aという商品が売れています
Bという商品が売れなくなりました」といったトレンドでしか分析することができませんでしたしかし新型リーダ/ライターを導入すると、さまざまな切り口からデータを見ることができるので、仮説を立てることが可能になりました
例えばCという商品の売り上げが減少していれば「どういう層が買わなくなったのか?」「どの時間帯の売り上げが落ちているのか?」といったことが分かるようになりました逆に売り上げが増加すれば「誰が買っているのか?」「どこで買われているのか?」「同じ人が繰り返し買っているのか?」「新しい人が買っているのか?」といったことがデータから見えてくるようになりました
データによって「こういう理由で、売れている」と仮説を立てることができるようになりましたご質問に戻りますが、最も驚いたことは「ここまで分かるのかっ!」ということですね
仕事で疲れたビジネスパーソン、駅で甘いジュース
土肥:POSデータ分析を通じて、分かったこと
もう少し詳しく教えていただければ笹川:例えば缶コーヒーを買われている方の男女比は9:1
しかしペットボトルのコーヒーになれば7:3になる
なぜペットボトルになれば、女性が買ってくれるのか
「キャップが付いているからなのか」それとも「缶に抵抗があるのではないか」といった仮説を立てることができました女性に売れているのはどんなモノなのかと確認したところ、ペットボトルの割合が高かった
また小容量のものが平均以上に売れていました
そこでエキナカ専用商品としてペットボトルのカフェオレを作ったところ、女性の購入割合が増えました土肥:駅によって違いがあったりするのですか?
笹川:同じ駅構内でも、ホームとコンコースで売れ方が違います
また同じホームでも特急が止まるホームと、在来線のホームでは売れ方が違ってきます今では一部の自販機で売上特性を見ながら、品ぞろえを変えています
全自販機の品ぞろえを変えるのは、大変な作業が伴います
なので特別な売れ方をしている自販機については、その自販機に合った飲料をそろえていますね土肥:面倒……い、いや、自販機の裏側では大変なご苦労があるわけですね
このほかPOSデータから分かったことってありますか?笹川:夕方から夜にかけて、ある特徴がうかがえました
30~40代の男性が、果汁や炭酸で甘味の強いモノを買っていることが分かってきたんですよ果汁飲料といえば、朝に女性が買っているのかなと思っていました
しかしデータを詳しくみてみると、柑橘系の果汁については、朝に女性が買っていることが分かりました
しかしリンゴやブドウの果汁飲料については、30~40代の男性が夕方から夜に購入しているんですね仕事で疲れたビジネスパーソンが小腹を満たすためだったり、気分転換のために甘味の強い果汁飲料を飲んでいるのでは……といった仮説を立てました
そこでビジネスパーソン向けに甘い飲料を増やしたところ、売り上げが伸びました土肥:笹川さんのお話を聞いていると、少し心配になってきました
女性向けにペットボトルのカフェオレ
しかもサイズは小さめ
30~40代の男性には、甘い果汁飲料がよく売れる
しかも夕方から夜にかけて
こうした情報を公表すれば、他社が「ウチも真似しようぜ」となるのでは?笹川:マチナカの自販機は、基本的にさまざまなロケーションでマス層を相手に展開しているので、弊社のようなやり方を真似することは難しいかもしれません
自販機はスペースの関係上、限られた商品しか販売できません
「働く男性のために、果汁飲料を売ろう」といった一定層をターゲットにするのは、難しいかなあと思っています
エキナカという、恵まれたロケーションだからこそできると思っています土肥:同じ自販機でも、エキナカとマチナカでかなり違うようですね
次にミネラルウオーターがどのような人に買われているのか
またどのような時間帯・場所で買われているのか
アレコレ教えていただけますか?(次回、2月17日掲載予定)
Business Media 誠:仕事をしたら“消費者”が見えてきた:エキナカ自販機の売上が、伸びている理由(前編) (1/6)