「クルマのピンチを救ってください」
トヨタ自動車が長年抱える苦悩、それは20代のクルマ離れだ
悪い流れを断ち切るべく、トヨタマーケティングジャパンは、ソーシャルメディアを通じて若者層に直接“助け”を求めだした――
この3カ月、東日本大震災という極限的な状況を通じて、TwitterやFacebook、mixiなどソーシャルメディアの本質がより鮮明になった
速さと広さの両面で圧倒的な情報伝播(でんぱ)力、企業も消費者も簡単に発信できる扱いやすさ、である
一度発信した情報はコントロールしづらいというリスクも抱えるが、日増しに強大になる「ソーシャルパワー」のビジネス活用に、企業の関心が高まる
『SAVE THE CAR』
これは、トヨタ自動車の子会社、トヨタマーケティングジャパンが2011年2月から5月にかけて実施したソーシャルメディアに関するコンテスト「TOYOTA SOCIAL APP AWARD」のキャッチコピーだ
クルマを楽しむことをテーマに、mixiなどのソーシャルメディア上で使えるゲームやツール(ソーシャルアプリ)のアイデアを募集した
なぜトヨタはソーシャルメディアに目を付けたのか
あえて「クルマのピンチを救ってください」というキャッチコピーを付けた意図は何か
そこには、トヨタが長年抱える苦悩が表れている
■20代をつなぎとめる
クルマ離れ――
連結売上高20兆円弱のトヨタを20年近く、じわじわと苦しめている悩みだ
消費者のクルマに対する関心の低下には、歯止めがかからない
趣味が「自動車・ドライブ」と回答する割合は、1992年からほぼ一貫して下がり続けている(図1)
2008年には、ついに25%を割り込んだ
中でも深刻なのは、20代の若者層のクルマ離れだ
「今の若者層は、すべての年齢層の中で最もクルマと縁遠いように見える
仲間内で『クルマが好きだ』と言うと、変な人だと思われるとすら考えているようだ」
トヨタマーケティングジャパンの喜馬克治マーケティング局マーケティングディレクター(写真1)は、現状をこう分析する
10年後、20年後には、こうした若者層が市場の担い手となる
若者層がクルマに興味を示さないようだと、クルマ離れに歯止めがかからない
「この風潮を変えなければならないと危機感を抱いていた」(喜馬ディレクター)
写真1トヨタマーケティングジャパンの喜馬克治氏顧客の価値観やライフスタイルに基づくクルマ作りへと発想を転換するきっかけとして、ソーシャルアプリの活用を選んだ
それにはこれまでと違う仕掛けが必要だった
「企業側から一方的に商品や情報を提供しても、価値観の多様化した若者層には満足してもらえない」(同)
言い換えると、マスメディアを利用した過去の成功体験が万能ではなくなったということだ
ならば、新たな成功体験を作るには、どうすればよいか
■新しいクルマの文化を創る
ヒントは、ソーシャルメディア上のゲームのヒットにあった
「若者にアピールする場として、大きな可能性があるのではないか」
トヨタマーケティングジャパンの高田坦史社長がこう発言したのは、2010年7月ごろ
このアイデアを喜馬ディレクターが展開した
「ゲームだけでなく、ソーシャルアプリとしてより広く展開できるようにしよう」喜馬ディレクターがイメージしたのは、若者同士がソーシャルアプリで気軽にクルマにかかわっていく姿だ
クルマを題材にしたゲームで競い合う、お気に入りのドライブスポット情報を共有する、自身のクルマの装飾を投稿する、といった具合である(図2)若者層が接する主要メディアがソーシャルになっている以上、過去と同じ方法でメッセージを届けても、若者層の心は動かせない
クルマを話題にしてもらうには、ソーシャルメディアに直接情報を投げ込む必要がある今の若者層は、デジタルネイティブとも呼ばれる世代だ
「Twitterのフォロワー数が個人の人気の指標になるなど、若者層はソーシャルメディアに親しんでいるので、すぐなじんでもらえる」(喜馬ディレクター)と考えたソーシャルアプリがクルマへの関心を取り戻すきっかけになると、同社は期待を寄せる
ソーシャルメディアでは、共感を得られればアプリの普及は一気に進む
若者層の会話にクルマが登場する頻度が高まることも期待できるソーシャルメディアには当然、リスクもある
トヨタブランドを冠したソーシャルアプリが不評ならば、ブランドイメージを落としかねない
誰もが気軽に参加でき、情報伝播力が高いソーシャルメディアでは、著名企業に関する良くない評判は、あっという間に広がりやすい
それゆえ、「クルマを楽しんでもらうという趣旨なら、トヨタブランドを出す必要はないのでは」との慎重論も出たしかし、「創造力に富んだ企画を応募してもらうには、企業の責任を明確にする必要がある」(喜馬ディレクター)と判断
あえてトヨタブランドを前面に出した■新たなクルマ文化創りに、千載一遇のチャンス
TOYOTA SOCIAL APP AWARDコンテストには、トヨタマーケティングジャパンが募集を締め切った5月13日までに1200件を超える応募があった
受賞作は6月に発表し、すぐに複数のIT企業などと開発に取りかかる東日本大震災が起こったのは、コンテストの最中
クルマ離れに加えて、現状では減産と販売減にも見舞われている
それでも喜馬ディレクターは「コンテストで寄せられたアイデアは、トヨタにとっての無形資産
ソーシャルのインフラが整った今が、新たな『クルマ文化』創りに取り組む千載一遇のチャンスだ」と前向きに捉える既に、商品や自社ブランドの宣伝にソーシャルメディアを利用する企業は多い
トヨタはさらにその先をにらみ、“顧客未満”の層に直接アプローチする手段としてソーシャルメディアを利用している次回(本連載の第2回)は、(1)潜在顧客との交流、(2)生の声を生かしたサポート、(3)新規ビジネスの創出――という三つの側面から、ローソンやソフトバンクモバイルなどの先進企業事例を見ていく
いずれも、顧客の懐に入って心をつかむため、ソーシャルメディアの力に着目し、活用している
(次回に続く)………………………………………………………………………………
3大ソーシャルメディアの実像
「ソーシャルメディア」という言葉の定義は様々だが、「インターネットを利用して、人々をつなげる交流サービス」と考えると分かりやすい
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)とも呼ばれるネット上に緩やかなコミュニティーを形成し、日記を書いたりコメントをつけたりしてコミュニケーションを深める
知人同士が親交を深める場であると同時に、新たな出会いの場でもある
コミュニティー参加者の意見を知るための、情報収集の場としても利用されているそうしたソーシャルメディアの代表例が「Facebook」「Twitter」「mixi」だ(図A、表A)
ソーシャルメディアで世界の先頭を走るのはFacebookである
全世界の利用者数は2010年末で約6億人、2011年5月には6億8000万人となり、世界のインターネット人口の約3分の1が使っているとされるFacebookは2010年後半から日本でも存在感を高めており、2011年5月の国内利用者数は300万人を超えたと見られる
原則として実名登録が求められるのが、他の2サービスとの最大の違いであるFacebookの特徴の一つが、「いいね!」ボタン
利用者が気に入ったコンテンツであることを示す機能だ
「いいね!」ボタンを押すと、コンテンツは友人全員に共有され、口コミのように情報が伝播していく
Facebookは、外部のWebサイトでもこのボタンを利用できるように、API(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を公開している■情報収集に向くTwitter
国内でユーザー数を急増させているのがTwitterだ
ニールセン・ネットレイティングスの調べでは、2011年3月の国内利用者数は1700万人を突破(家庭と職場のパソコンからのアクセス)
今なお増加しているとみられる
特定人物を「フォロー」することでつながるが、相手が知り合いでなくてもよい
情報収集ツールとして利用する人も多いTwitterでは、一度に最大140文字しか書き込めないが、そこにWebサイトへのリンクを埋め込める
さらに、「リツイート」機能を使えば、ほかの人が発信した情報を、自分をフォローする人全員に一瞬にして伝えることができる日本におけるソーシャルメディアの先駆けがmixiだ
2004年に本格的にサービスを開始し、会員数は2000万人を超えている
会員が友人を「招待」することで広まった経緯から、顔見知り同士が濃密なコミュニケーションを取り合うのに向いたサービスだ
当初は日記などが中心だったが、出身校の同級生を検索できる「mixi同級生」サービスなど、徐々に機能を増やしてきた
20代など若者層でシェアが高い日本はFacebookが攻略し切れていない国の一つだ(図B)
mixiが牙城を守るか、Facebookが覇権を握るのか
国内のソーシャルメディア勢力図は、2011年中に大きく変わる可能性を秘めている………………………………………………………………………………
(日経コンピュータ玉置亮太・小笠原啓)
「クルマを救って」、若者に聞くトヨタの覚悟 ソーシャルパワーが企業を変える(1) :日本経済新聞