なぜこうしたテクニックがうまれたのでしょうか?そこには行動経済学(behavioral economics)との関連性の深い“人間の感情や習性”を巧みに利用したゲームのメカニズムがあるのです
このメカニズムを理解できれば、バッジを乱造するだけの退屈なアプリケーションやWebサイトをつくって恥をかくこともありません
うまく応用すれば社会に役立つアプリケーションだってつくれます
簡単に解説します■なぜバッジやレベルが有効なのか?
ゲームをプレイしているときに「なんか惰性になってきたけど、とりあえず次のレベルまでやめるのを待とう」と思ったことがありませんか?私はよくありました
人にはいままで自分がしてきたことを変えたくない性向があります(行動的モメンタム=behavioral momentum)
今までプレイしてきたステータスを可視化する、がんばれば手に届く程度のチェックポイント=レベルを設ける、また次のレベルまでの経験値を明示するなどのメカニズムを取り入れることで、この性向を強めることができます
もちろん、もっとレベルアップしたい、クリアできるはずだといった性向(しつこいまでの楽観性=urgent optimism)に見られるような、「もうすぐで次のレベルだ!」とプラスに働くメカニズムもありますレベルがプロセスにおける段階だとすれば、バッジやアイテムはあるレベル=段階において獲得する報酬(reward)です
プレイすればするほどバッジやアイテムを獲得できるというゲームのメカニズムは「至福の生産性(blissful productivity)」という言葉で知られます
プレイすればするほど何かが得られると感じられることはプレイヤーの大きな喜びにつながるのです獲得したバッジやアイテムについては「手に入れた感」がともないます
行動経済学の研究者であるダン・アリエリーは著書『不合理だからすべてがうまくいく』の中でこの「手に入れた感」と似た性向を「イケア効果」として言及していますが、人は自分でつくったもの(それがイケアの組み立て家具であっても)を過大評価する性向があり、労力をかければかけるほど獲得したものへの愛着は大きくなるそうです
こうした知見を応用するならば、手に入れやすいバッジやアイテムと手に入れにくいバッジやアイテムの両方を組み込むことで、エンゲージメントを効果的に高めることができると考えることができます
また、自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないと感じる現象を行動経済学では保有効果(=endowment effect)といいます
ゲームをやめることは一度手に入れたもの(それが金銭的な価値のないバッジやアイテムであっても)を手放すことになるため、なかなかゲームをやめられなくなるのです
バッジやアイテムの獲得という行為にはこうしたメカニズムが複雑に働いていると考えられます■なぜユーザー間の競争やリーダーボードが有効なのか?
ゲームにはルールがあり、勝つチャンスは平等です
ユーザーはリーダーボードが掲示されていることで、自分が勝者ではないことをあらためて感じることになります
悔しさはゲームを動機づける大きな要素の一つです
また、リーダーボードでは他人が持っているバッジやアイテムなどの透明性が保たれています
人は自分が持っていないバッジやアイテムを欲しくなる性向があるからです(うらやましさ=envy)
この性向はバッジやアイテムの稀少性を高めるとより効果的です
逆に、人が持っていないバッジやアイテムを所有することは喜びをうみます(プライド=pride)さらにいえば、多くのゲーミフィケーションを応用したアプリケーションやWebサイトはコミュニティを細分化してリーダーボードを設けます(=micro leader-boards)
理由は、自分が競争している相手は誰なのかをより具体的に(身近に)意識させて、競争を促すためです
では、なぜ相手が身近だと競争が促されるのでしょうか?例えばあなたの友だちが競争相手だとします
あなたはその友だちについて「あいつはこういうヤツだ」という知識を持っていることでしょう
たとえその知識が全くゲームと関係ないことであっても(「あいつの彼女はぜんぜん可愛くない」など)、「あいつにならば勝てる」と思い込んでしまうのです
こういった人の性向は、行動経済学においては「自信過剰(oberconfidence)」による「支配の錯覚」「マジカル・シンキング」といった言葉で説明されますさらに少し突っ込んだ話をするならば、日本でいちばん有名といってもよいソーシャルゲームであるDeNAの「怪盗ロワイヤル」は「バトル」によって相手のお宝を奪うというメカニズムを取り入れています
これは行動経済学のプロスペクト理論をうまく応用していると考えられるのですが、人にはアイテムを獲得する満足度より、アイテムを奪われる悔しさのほうが大きい性向があります
損失回避性(loss aversion)として知られている性向です
一度手に入れたものを奪われることほど悔しいことはないのですまた、復讐は快楽をうみます
マッテオ・モッテルリーニ著『経済は感情で動く』の中でチューリッヒ大学のドミニク・ド・ケルヴとエルンスト・フェールが行った「信用ゲーム」という実験があるのですが、それによれば「信頼を裏切った相手を罰するためなら高い代償もいとわない」というのが人間の性向であり、「罰することによって得る満足感」は非常に高いとされています
もし、これからゲーミフィケーションを取り入れたアプリケーションやWebサイトをつくるようでしたら、こうした日本を代表するソーシャルゲームから学ぶことができる優れたメカニズムを応用されるとよいと思います■なぜユーザー間の協力や協働が有効なのか?
人は自ら他人に協力しようとするとき、自分にとっての何らかの利得があるからではなく、お互いに信頼して信頼に応え合うことそのものに喜びを見出すことが「信頼ゲーム」の実験からわかっています
ユーザー間の協力や共同作業もゲームの楽しみや喜びを増幅させるメカニズムの一つです
わかりやすい例でいえば、ソーシャルゲームの代表格ともいえるFarmVilleに代表される「農場系」ゲームはお互いに協力し合うことでゲームがうまく進むように設計されており、友だちの役に立つことがより実感できる仕組みになっていますこのメカニズムがもっとも有効に作用するのはソーシャルメディアと組み合わせた場合です
新しい友人にゲームを紹介すると最短距離でレベルアップできるなどのメカニズムを組み入れることで、ユーザーにゲームに参加していない人をゲームに参加させる動機をうみだしています
このメカニズムが他のものと全く違う点は、他のそれがゲームをプレイしていることが前提なのに対して、ゲームに参加していない人に作用する点です
ある共同作業やギフト交換などを通じて、ユーザーに友だちとゲームをプレイする喜びを感じさせながら、一方でユーザーがソーシャルメディア上でつながるゲームとは関係のないコミュニティにゲームへの参加を促すように設計されているのです以上がゲームのメカニズムに関する簡単な解説です
実際にはこの他にもNOTEには書ききれないぐらいたくさんのゲーミフィケーションを効果的にするゲームのメカニズム(game mechanics)があります
ぜひ、そうしたメカニズムをきちんと理解して、社会や人の喜びに役立つすばらしいアプリケーションやWebサイトをつくってくださいあらためてゲーミフィケーション(gamification)に未来を感じていただけたでしょうか?ただバッジやアイテムを乱造するだけではダメなんだと、少しでも感じていただけたらとてもうれしいです
事務的な連絡になりますが、私はこの7月にWebサイトやアプリケーション、電子書籍やデジタル商品を扱う部署から、本をつくる編集部へ異動となりました
個人的な願いはこうしたゲーミフィケーションやゲームのメカニズムをきちんと解説した日本人の著者による書籍が日本でも出版されることです
もし、ゲームを深く理解している良い書き手が身近にいらっしゃれば、ぜひお教えください(もちろん自分でも探しています)
なぜゲーミフィケーションは効果的なのか?(Why Gamification Works?)